うっすら目を開けると最初に目に飛び込んで来たのはバイクのメット。

「・・・あ〜?」

そしてベッドとはとても言えない、硬い床の感触。

「やっちまった。」

ため息をつきながら、メットから手を離し大の字になって転がる。
確か昨夜は遅くまでねーさん達と飲んでて、店を出たのは早朝・・・だったよな。
んで、ガソリンが切れかかったからバイト先に立ち寄ったら店長に泣きつかれて次のシフトのヤツが来るまで働いたんだよな。

「んで、ようやく自由の身になって・・・これ、と。」

まだ体の疲れが取れていないのか、指先が痺れているような気がする。

「オールで飲んで、そのままバイトってのはさすがにまずかったか。」

ふわぁぁ〜っとでかいあくびをひとつして、さて今度こそベッドで眠るか・・・と体を起こそうとした瞬間、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「あれ?ドア開けっ放し・・・」



――― 、だ



どんな時でもアイツの声だけは良く聞こえる、そんな事を暢気に思っていたら徐々に足音が部屋に近づいてきた。
すぐさま起き上がろうとしたが、疲れた体は思うように動かない。



――― マジかよっ!?



こんなトコ見られたらの事だ、涙を流して大笑いした後に説教を始めるに決まってる。
心身ともに疲れたこの状況でそれだけはカンベンしてくれっ!!
何とか今の状況を誤魔化そうと俺がとった手段は・・・目覚めた時と同じようにメットを抱えて目を閉じる事だった。



ただひとつ違うのは ――― タヌキ寝入り ――― って事だけだ。










きぃー・・・と言う音を立てて開いた扉から差し込む日差し。
静かに閉められた扉の音と、床に置かれた靴の音。

「・・・力尽きた、と。」

遠慮がちにかけられた声を聞き、相変わらず騙されやすい奴だな、と思いながらも更に寝たフリを続ける。
俺の横を小さな足音が通り抜け、部屋の中に何か置くと再び足音が近づいてきたと思ったら、無茶苦茶小さな声でが俺の名前を呼んだ。

「おーい、仰木高耶く〜ん?」





――― 誰が仰木 
高 耶 く ん だって!?





思わずピクリと肩が震え、手が動きそうになったがそれを必死で堪える。
落ち着け・・・どうせコイツの事だから、俺が寝てると思って遊んでるだけだ。

「熟睡だわ、こりゃ。」



――― あとで覚えてろ



そう心の中で呟くと、急にの謝罪が耳に飛び込んできた。

「ゴメン。」



・・・何謝ってんだ?



目を開ければその理由もすぐに分かるだろうが、今目を開けたらが騒ぎ出すのは明らかだ。
仕方なく続きの言葉を待っていると・・・それは俺の予想を遙かに超えて、別の方向へとずれていっていた。

「・・・高耶も小さい頃、お気に入りの毛布とかあったのかな。」



――― はぁ!?



「か、可愛いかも・・・」

微かな微笑が離れていくのを感じ、思わず大きく息を吐く。



一体あの馬鹿は何を考えてんだ!?
お気に入りの毛布とか、可愛いとか・・・ワケわかんねぇ!!



フツフツと湧き上がる意味不明の苛立ちをぶつける前に、が戻ってきたので反射的に目を閉じる。



しまった・・・また起きるタイミング逃しちまった。



「ベッドまで運んで上げられなくてごめんね。」

俺の怒りを静めるかのように石鹸の香りのするタオルが体にかけられた。





――― ふと懐かしい景色が脳裏を横切る。

まだおふくろが家にいて、皆が幸せだったあの頃。
・・・窓辺で美弥と並んで寝てた時、おふくろもよくこうやってタオルかけてくれてたな。
別に毎回同じタオルってワケじゃなかったけど、石鹸の匂いがしたのは覚えてる。
太陽の日差しが当たってるから寒くなんてねぇのに、そのタオルがあるだけで温もりが全然違ったんだよな。





その温もりを思い出すよう、今の自分にかけられたタオルを引き寄せ体を包み込む。
あの頃と同じ温もりに頬が自然と緩みそうになる。



――― おふくろ・・・



おふくろの姿を浮かべた瞬間、昔と同じように背中を叩く手に気づいた。
声に出してしまったのか分からないが、うっすら目を開けるとがとても穏やかな表情で・・・まるでガキを寝かしつけるように背中をポンポンと撫でていた。



・・・ばか、何やってんだよ



普段なら怒鳴りつける所だが、今日は・・・何故かそんな気になれなかった。
顔に当たる僅かな日差しと石鹸の香りのタオル、そして背を叩く・・・女。
自分の中にいる幼子をなだめるような優しい空気に包まれて、自然と俺の手は硬質なメットから側にいるに伸ばされた。



――― やっぱ俺、お前じゃなきゃ・・・ダメだ



誰よりも、何よりも今・・・側に感じたい女の腰に手を伸ばす。

「・・・あれ?・・・あれれ?」

片方の手でを自分の方へ引き寄せ、空いている方の手は手探りで温もりを求める。

「ちょっ・・・起きてるの!?」

最初っから起きてる・・・ってのは置いといて、躊躇しているの膝に難なく頭を乗せると逃がさないよう両手をしっかりの腰に回す。

「どーいう体勢、これ?!」

どう言われようと、今だけは・・・このままで、いたい。
起きていたら間違ってもこんな事してくれ、なんて言えない。
でも、今なら・・・寝ぼけたフリですむだろ?

「何でこんな玄関口で、こんな事になってんだろ・・・」

ため息と共に頬をつつかれたので、反射的に眉間に皺を寄せる。
この、突発的行動だけはどうにかして貰いたい。さっき迄の感傷が波のように引いていくのを感じ、腰に巻きつけていた手の力を一瞬緩める。

「・・・」

けれど頬をつつかれた不快感の後やって来たのは・・・優しく髪を撫でるの手。
一度、二度・・・ゆっくり、ゆっくり俺のとがった気持ちを落ち着かせるように撫でるの手は、とても温かい。



ったく、本当にお前は不思議なヤツだよ。



の行動に一喜一憂しながらも、それを心地よく感じ始め自然と瞼が下りてくる。
ヤベ・・・このままじゃマジ寝ちまうかもしんねぇ。

「足、痺れるの確実だな。」

徐々に遠くなっていくの声を聞きながら、俺は心地よい睡魔に身をゆだねた。





今、見る夢はきっと昔の夢だろう。
そこにはおふくろがいて、親父がいて、美弥もいる。
昔の家の縁側で眠る俺と美弥の隣には・・・どこか見覚えのある幼い女もいるんだろうな。
勿論それは・・・





BACK



まどろみ高耶バージョンです★
実は『寝てなかった!』というのがオチだったりしたんです(苦笑)
一生懸命狸寝入りしてたんですねぇ、仰木高耶くんは(笑)
でもってこっちの高耶の話は「CALL」を読んだ後だった所為か、お母さんの面影が出てきちゃいました。
その辺が私が結構イイ話に仕上がってると思う、と言った部分です。
高耶が見る予定の夢(笑)に出てくる幼い女は勿論ヒロインです(小さい頃ね)
多分、美弥ちゃん、高耶、ヒロインの順番で縁側に寝転がってるんじゃないかな?
それで高耶のお母さんが三人にタオル(又は毛布)をかけてあげる、と。
ちなみに我が家には・・・桑原先生が惚れたというにゃんこのでっかいバージョンがいます。
今は亡き家の母が昼寝の時、枕にしていたので腹が凹んでいます(苦笑)
蜃気楼で話題になってるのを知って思わず「これかーっ!!」と叫んだのは内緒です(苦笑)